2012年03月05日

プレトニョフ指揮 ロシア・ナショナル管弦楽団 2月25日モスクワ公演

2012年2月25日にモスクワ音楽院大ホールで行われた公演の現地レポートをお届けします。

ミハイル・プレトニョフ指揮 ロシア・ナショナル管弦楽団
2012.2.25(土)モスクワ音楽院大ホール

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≪演奏曲目≫
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77
        ソリスト ヴィクトリア・ムローヴァ
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グラズノフ:演奏会用ワルツ第1番 ニ長調 作品47
       交響組曲「中世より」 作品79
            プレリュード(Allegro)
            スケルツォ(Allegro assai)
            セレナーデ・トゥルバドゥーレ(Andantino)
            フィナーレ、十字軍戦士たち(Allegro)
       バレエ音楽「ライモンダ」より「スペイン舞曲」作品57

RIA-402705-Original.jpg 今、最も関心を持たれているヴァイオリニスト、ヴィクトリア・ムローヴァは、今年、ベルギー、パリ、ヘルシンキでブラームス協奏曲を弾き、この2月25日にはプレトニョフ芸術監督ロシア・ナショナル管弦楽団(RNO)とまさに輝かしいばかりの競演を遂げ、ロシアのファンをわかせた。様々な楽器とジャンルをこなすムローヴァは、それぞれの様式と奏法を経て、1723年作ストラディバリの可能性を最大限に追求した、透明感のある詩的な音響でRNOとのデヴューを飾った。
 続く2部では、驚くほど爽やかな音響で、プレトニョフの感性の光るグラズノフの演奏会用ワルツ第1番が奏でられ、その自然で極めて繊細な流れの持続に、また、メロディーの収めにも細心の注意が払われた静かな指揮ぶりに息を飲んだ。フルートと管の織りなす旋律線の美しさ、リズムの輪郭の明瞭さ、弦セクションの上行下行の動きの煌きと融合、これらの推移にプレトニョフの聴覚のよさを感嘆し続けるのである。メロディーが時に民族調に時にかすかに陰り、管と弦の響きは美的調和をなし、一貫して瑞々しいグラズノフのワルツに内在するヨハン・シュトラウスに見紛う軽やかさを描き出した。RNOの柔らかくしかも充分に響き渡る音響は、クライマックスに至って溢れんばかりの愛情に満たされた生成を生む。舞曲でありながらプリミティブなダンスではなく、高次の「静」に保たれた指揮の姿は、独特の魅力ある感性を我々聴き手に印象付けた。

 中世の十字軍を模した重厚な交響組曲「中世より」は、管弦楽法の優れたグラズノフの傑作の一つである。プレリュードの堅牢な立ち上がりから潜在的にかきたてられる錯綜があり、低音の三和音のペダル上の分厚い響きに、それぞれのセクションの性格と動きが極めて知性的な解釈を経て濾過され、プレトニョフの明晰な頭脳の一端を垣間見るようである。例えば下行ゼケンツの静まりに対し上行の力強さ、打楽器の増幅といった遠近感の明確な構築が浮かび上がり、その腕に恐れ入る。続くスケルツォの5度音程のトレモロから音域の移行に遊び心が展開され、旋律の反復と音域を拡大、追いかけっこを楽しみ、シロフォンの縁どりの質感や、瞬時の音色変化など転換の上手さは言うまでもなく、中世の街を闊歩する騎士リチャードに成りきったプレトニョフのときめきが伝わってくるような「スケルツォ」の醍醐味を味わった。そして、たおやかなハープの和声進行の持続に、弦が静かな起伏を描くセレナーデ・トロバドーレでは、プレトニョフによるセクションの見事な綾が端正に紡がれていき、綿密な分析的構図が明かされるのである。ホルンのファンファーレがエコーするフィナーレ・クレスタノスチ(十字軍戦士)では劇的な展開をしながらも、プレトニョフの「動」の中に常に「静」の哲学的境地が存在し、ポリフォニックな光の洪水をじっと見守っている。これは、プレトニョフによるグラズノフの歴史的名演である。彼のリズミカルな動き、真っ直ぐに振り下ろされる縦の響きの深みと純粋さ、円、上部の三角形の纏まり、水平に続く流れ…
 指揮の姿は幾何学的美しさがある。そして、からっと乾燥した空気や手触りの質感があり、そこに整然としたマーチなどの回想が描かれる。音楽は威厳ある朗らかさに満たされ、地鳴りのような低音から高音域までの音響を同時に我々にも直感させる。
 最後にバレエ音楽「ライモンダ」からスペイン舞曲の選曲で、ワルツに循環する。再び聴き手は、軽やかなロマンティックな、プレトニョフのグラズノフ舞曲に回帰し、明るさ、安らぎを取り戻す。カスタネットの華やかなリズムがスペインの記憶を揺さぶり、胎響を聴く純粋さで森羅万象をあるがままに受け入れる彼の世界観を、瑞々しい穏やかな恩寵の中で追体験していく。光の画家ならぬ、音の波長で光を表現する指揮者ミハイル・プレトニョフ。プレトニョフとRNOは1週間前にグラズノフ交響曲6番を、昨年は5作品ものグラズノフを演奏し、多くのロシアの聴衆にその天才性を披露している。若きグラズノフが好んだ中世西ヨーロッパの文化に浸り、騎士道のロマンに触れた贅沢な一夜だった。

文:中川 幹(モスクワ大学 准教授)
写真:V.Vyatkin, RIA Novosti

プレトニョフ指揮 ロシア・ナショナル管弦楽団 2012年日本公演
2012年6月15日(金) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
 ヴァイオリン:樫本大進
2012年6月23日(土) 14時開演 横浜みなとみらいホール
 ピアノ:河村尚子
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公演の詳細はこちらから
posted by Japan Arts at 19:41| レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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