2012年05月17日

「音楽は私の人生そのもの」 ユーリ・バシュメット 来日直前インタビュー

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モスクワ・ソロイスツ合奏団を設立された1992年当時のお気持ちについてお聞かせ下さい。

それはとてもつらい時期でした。ロシアではペレストロイカのピークを迎えており、多くの音楽家たちは、それが経験豊かな者であれ、若者であれ国外に出たがっていました。私はその時、フランスに残ることを決めたモスクワ・ソロイスツの初期メンバーと別れることになったのです。私自身としては、ロシアを離れることは考えたこともありません。私はこの事態についてとても心配すると同時に、動揺していました。そしてある時、親しくしているスヴャトスラフ・リヒテルの夫人であるニーナ・ドルリアクに、オーケストラがフランスに留まることにしたため、今後どうして良いかわからないということを打ち明けました。そうすると、彼女は驚くようなことばをかけてくれたのです。「ユーリ、才能ある若い音楽家たち、音楽院の学生たちは本当にたくさんいて、彼らはあなたの支えを必要としているのですよ。」そこから、当時のモスクワ音楽院の最も優秀な在学生および卒業生から成るモスクワ・ソロイスツを結成する運びとなったのです。それ以来、私たちは共に演奏活動をしています。一番興味深いのは、団員の75 パーセントの者はすでに20 年間在籍していることです。もちろん、今では彼らも大人になり、家族や子どもたちがいます。でもわれわれがこの20 年間一緒に演奏してきたという事実が、私にとってかけがえのないことであり、貴重なことなのです。

今日のモスクワ・ソロイスツの最も優れている点についてご紹介いただけますか。
20 年間にわたって率いてきたアンサンブルについて、特長をひとつだけ挙げることは難しいことです。
世界中のいかなる室内楽団とも一線を画する点はいくつかあると思います。ひとつには、われわれは外国人とロシア人の作曲家による、バロック音楽から20 世紀音楽にいたるまでの極めて幅広いレパートリーを誇っています。また作り出す音―イントネーションと色彩―も極めて特別なものです。私たちは20 年間を費やしてこのような音作りに努めてきました。われわれのアンサンブルの音は世界中のどのオーケストラとも異なるものだと思います。これが音楽と人間の共同体の力というものです。人は20 年もの間一緒に働いていると、一体感を持つようになり、お互いの個々の性質について精通するようになります。これが、演奏する音楽に浸透するようになるのです。
そうやって一体となって演奏するように努める演奏会が、毎回特別なものであり、過去のいかなる演奏とも違うことが、私にとってとても重要なことです。丸暗記したような、うりふたつの演奏などあり得ませんし、常に何か新しく、新鮮なものを見出すことができるでしょう。少なくとも、このことを私たちは目指しています。

弦楽オーケストラに魅了されていらっしゃるのはなぜでしょうか。
それは複雑な質問です。ご存知の通り、私はそもそもヴィオラしか演奏していませんでした。もちろん、ヴィオラにはヴァイオリンやピアノのような膨大なレパートリーがありません。ある時、私は自分が演奏し得る音楽を拡張したり、さまざまな企画や創造的なアイデアを実現したりするために室内楽団を創ることにとても魅力を覚えたのです。そして今や20 年の長きにわたって弦楽合奏団を率いているわけです。この10 年間は交響楽団も率いていますが、弦楽オーケストラはいわば私にとって初恋のようなものでとても大切なものなのです。

森麻季さんの魅力についてお聞かせください。初めて共演した時には、どのような印象を持たれましたか。
森麻季さんとは数年前、前回われわれモスクワ・ソロイスツが来日した折に初めて共演しました。彼女の歌、趣向、そして音楽性にはたちまち魅せられました。私たちのコンサートにソリストとして迎えた森麻季さんとは非常に楽しく、興味深い話をすることができました。そこで、この度の20 周年記念ツアーの企画と東京での演奏会を実現させたいと思った時に、森さんをソリストとして招くことをただちに思いついたのです。彼女が今回の来日公演に参加してくれることを大変うれしく思っています。演奏会の夜に光彩を添えてくれることは間違いないでしょう。

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今回のプログラムのそれぞれの作品についての聴きどころを教えてください。
テレマン、バッハ、パガニーニ、そしてチャイコフスキーによる作品のそれぞれについて。
この度の東京での記念公演のプログラムでは、極めて多彩なレパートリーをご披露します。観客の皆さまに楽しんでいただけるように考えたものです。ですから、私自身がさまざまな時代の作曲家による作品を演奏します。最初はテレマンの協奏曲ですが、これはバロック音楽です。次のパガニーニによる協奏曲は、モスクワ・ソロイスツとしか私は披露することはありません。この作品はパガニーニによる四重奏曲の一つを編曲したものですが、これにおいてパガニーニ自身がヴィオラを弾いていたことが、豊かに拡張された、完全なヴィオラ・パートが残されていることからうかがえます。何年も前に、私たちはこれをヴィオラの独奏と弦楽アンサンブルのために編曲しました。さらに私は、チャイコフスキーによる弦楽四重奏曲から有名なアンダンテ・カンタービレを弾きます。
そして、オーケストラは私の指揮によりチャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」を演奏します。これはわれわれが20 年間演奏し続けてきた曲のひとつであり、これによって世界的な名声が得ることができました。そしてコンサートの第一部では森麻季さんと共に、バッハのアリアをお届けします。重ねて申し上げますが、このプログラムはとても華やかで、多彩で豊かなものになっていると思います。

20年後の記念行事としては、バシュメットさんとモスクワ・ソロイスツはどのようなことを計画されているのでしょうか。

まずは、その20 年間を生きることから始めねばならないでしょう。次なる20 年がアンサンブルにとって創造的で音楽性あふれるイベントで満たされていることを願いますし、さらなる発展が続くことを期待しています。もっとも、過去の20 年間を振り返り、成し遂げてきたことに思いをめぐらせますと、喜びと誇らしい気持ちに満たされます。中でもロシア、そしてソビエト史上初めてのグラミー賞を受賞し、しかもグラミー賞50周年授賞式でその栄誉を受けたことはとりわけうれしいことでした。多くの素晴らしい演奏会がありましたし、さまざまな国の最高のソリストたちとの協力関係がありました。しかし私は、すべてのアンサンブルが、将来を見据え、斬新で創造的な計画を実現させていって欲しいと思っています。
モスクワ・ソロイスツの15 周年の時には、ロシアにおける39 都市で42 回の演奏会を行うという前例のないツアーを敢行しました。この度の20周年を記念して、われわれはすべての大陸における主要なホールでの演奏を予定した大規模な世界ツアーを行います。20 年という時を経て、私たちにはいろいろと考えるべきことがあり、さらに大きなことに挑むつもりです。


音楽の役割についてお聞かせください。また、バシュメットさんご自身にとって音楽とは何でしょうか。
音楽は私の人生そのものです。この質問にユーモアをもってお答えするならば、音楽は私の趣味であり、転じて職業となったとお話しするでしょう。私にとって音楽とは、芸術の最高の形態です。それは完全に瞬間のもので、人間の感情を焦点としているものです。真の音楽とは人を高め、受容性に富む人間となるよう導きます。しかし、音楽はもちろんある種神聖なものです。ひとつの作品をさまざまな音楽家たちが演奏した時、なぜそれが聴衆に異なった印象を与えるのかについて、完全に説明できる人はいません。
もし私が音楽を学んでいなければ、人生の指針をいかに見出していたか想像することもできません。音楽こそが、日々私に喜びを与えてくれるものなのです。



ユーリ・バシュメット&モスクワソロイスツ合奏団
ソプラノ:森麻季

2012年5月28日(月)19:00東京オペラシティ コンサートホール
<曲目>
 テレマン:ヴィオラ協奏曲 ト長調 <ヴィオラ:ユーリ・バシュメット>
 バッハ:<ソリスト:森麻季>
  “全地よ神に向かって歓呼せよ”〜カンタータ第51番より
  “あなたがそばにいたら”〜「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帖」より
  “至高者よ、あなたの恵みを”〜カンタータ第51番より
 パガニーニ:ヴィオラ協奏曲 〔ヴィオラ:ユーリ・バシュメット〕
 チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ
 チャイコフスキー:弦楽セレナーデ
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2012年05月09日

パーヴォ・ヤルヴィ マーラーを語る

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―今回のご来日では、マーラーからは第5交響曲を演奏なさいますね。マーラーの全交響曲の中で、第5をどのように位置づけていらっしゃいますか?

ヤルヴィ:私はマーラーのすべてが好きですが、第5はおそらく、彼の最も有名な交響曲であり、中心的な作品でしょう。すべての局面において成功を約束された交響曲です。たとえば第7は、もの凄い作品で、最後の部分などはどんちゃん騒ぎに等しい。クリアでないところもあるかもしれない。そこへゆくと第5は、すべてにおいて論理的かつ有機的です。まとまりがある。まことに完璧な作品ですね。

―彼の交響曲のなかでも、ポリフォニック(多声的)なものだと思われませんか
ヤルヴィ:もちろんそうです。しかし、ポリフォニーを構成する仕方、コンビネーションをみると、決して衒学的、アカデミックにはなっていませんね。こなれたところを見せています。

―第5を演奏するときに特に気をつけることはありますか?
ヤルヴィ:
演奏するたびに思うのですが、緩徐楽章のアダージェットは非常に難しいですね。この楽章は、妻アルマへのラヴレターであり、もちろんそれも分かるのですが、他にもさまざまな層があります。ロマンティックな、愛の温かい熱情も必要ですが、ここには絶えず、何かもの悲しさが感じられます。この幸福は永遠には続かない、というような。あるいは、この後に何か悪いことが起きるという予感ですね。どこか悲劇的なものを感じます。若い女に恋をしました、というだけの話ではない。そんな一面的なものを書くほど単純な人ではなかったでしょう、マーラーは。非常に独裁的な面もあった。その気になれば、傲慢で、イヤな奴にもなれたでしょう。情熱に加え、怒りさえ混じった、なにか複雑なものが、とくに楽章の終わりにありますね。ことばで表現するのは難しいのですが。第1楽章と終楽章も手ごわい。終楽章のあの主題など(歌う)、とても柔軟性が必要です。

―あそこはシューマンの難しさと同じですね。
ヤルヴィ:そう! そのとおり。

―マーラーはこの交響曲のオーケストレーションに、最晩年にいたるまで手を加え続けました。「第1から第4までの方法論が、明らかに通用しなかったのだ」と後年記しています。このあたりは同感できますか?
ヤルヴィ:
ええ。それはきわめて実際的(現場的)な問題だったと思いますよ。マーラーは経験豊かな指揮者でしたから、若いときの作品を見返して、楽器法の弱点に気づいたわけです。なにかそこに哲学的な含みがあったわけではないでしょう。マーラーは現場に則した指揮者だったと思います。

―ドイツ語でいうHandwerk(手仕事の技)の問題ですね。
ヤルヴィ:
そう、Handwerkの問題です。ブルックナーでもこの問いは重要になってきますね。たとえば彼の交響曲第1番。最初に書いたリンツ稿がよいのか、後年に書き直したウィーン稿のほうがよいのかという点が、いつも問題になる。ギュンター・ヴァントなどは、ウィーン稿が最終結論なのだからそちらを採るべきだと言っていましたね。いっぽうでは、リンツ稿のほうがオーセンティックなんだという意見がある。こちらにこそ若きブルックナーの語法があるのであって、ウィーン稿はあまりに洗練され過ぎていると。私が思うには、作曲家が書き直したら、それが最終メッセージです。ブルックナーはたしかに、自己批判が過ぎたかもしれない。けれどもマーラーは、自分の第1交響曲を改訂し、それを使った。そちらのほうが良いものだからです。オーケストレーションがより良くなっている。少しの変更で、改善をもたらしてゆく。《葬礼》の例も同じです。その改訂されたものが、第2交響曲の第1楽章となった。そして実際、そちらのほうが良いでしょう。

―しかしその《葬礼》も、あなたは録音されていますよね。
ヤルヴィ:ええ。《葬礼》のオリジナル草稿をね。テンポの変更があったり、アッチェレランドがあったり……。しかし、マーラーはそれを改良したかたちで(第2交響曲の第1楽章として)固定させた。巨匠は常に自己改訂をする。そして常に、その結果のほうがベターである。
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―サイモン・ラトルが、かれこれ15年ほど前になりますか、「マーラーの交響曲は今後50年間演奏禁止にしたらいい」と言っていました。どう思われますか?
ヤルヴィ:ふむ……。もしサイモンがそう言ったとすれば、そこに特別な意味はないね(笑)。言葉のあやですよ。人気のある曲ばかりが演奏されている、というつもりだったのでしょう。しかし、それを言うならベートーヴェンの交響曲第5番や第9番などについても、同じことが言える。とりわけ日本では、今後50年間、第9の演奏を禁止しなくてはならない。でもそうはならないでしょう?
とくにマーラーの場合、(作品が真に生命を宿すべく)なすべきことに力を注ぐ用意があるか、それとも、ひたすら形式やアカデミックな側面を眺めるか。これによって、大きな違いが出てくると思います。この問題をほんとうの意味で、普遍的なやりかたで解き明かせるようになるまでには、時間がかかります。たとえば、バーンスタインの演奏。私は好きだったし、今も好きですが、同じ道はもう採れないでしょう。私にとって、あれはすでに、どこか流行遅れのものです。もっと熱狂的になれるはずだ。もっと説得力のある、もっとキャラクター豊かなものにできるはずだ。シンフォニックな構造を打ち出すよりも、むしろアゴーギク(緩急法)豊かな演奏で。バーンスタインのことを、当時はみな感情移入が過ぎるとか、やりすぎだと言って批判しました。しかし今では、あれでもまだ十分じゃないと私は思う。バーンスタインは、むしろバランスのとれた演奏に聞こえますよ。もっと自由になっていいのです。時代が変われば、知覚そのものも変わるのです。

―マーラーの音楽は、驚きのモメントにあふれているわけですが、演奏され過ぎるとそれがいつしか磨滅する、人々が驚かなくなってしまうと、ラトルはそんなつもりで言ったのかもしれません。
ヤルヴィ:
磨滅するということはありませんよ。指揮者とオーケストラが本物の音楽をやるならば。マーラーの音楽は、かくもパワフルで驚きに満ちている。繰り返し聴いているうちに飽きてくるポップソングなどとは話が違う。限界はないのです。もちろん、まずい演奏を繰り返していたら、そうなるでしょうけどね。

2012年3月30日 ベルリンにて取材・文/舩木篤也


パーヴォ・ヤルヴィ指揮
フランクフルト放送交響楽団
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2012年6月6日(水) 19時開演 サントリーホール
曲目:
リスト:ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調
 (ピアノ:アリス=紗良・オット)
マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調


2012年6月7日(木)19時開演 サントリーホール 
曲目:
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調
 (ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン)
ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調

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2011年12月01日

アントニ・ヴィット氏インタビュー

国立ワルシャワ・フィルハーモニー指揮者、アントニ・ヴィット氏のインタビューをお届けします。
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指揮だけではなく、作曲も学ばれるなど豊かな音楽環境で過ごされたのかと思いますが、ご自身の音楽との出会い、どのような少年時代を過ごされたかを教えていただけますでしょうか?
―6歳の頃でした。私の家にはアップライトのピアノがあったのですが、ピアノを弾いている私の様子を見た母親が、私に向いていると思ったのでしょう、音楽学校に通わせてくれたのです。それが音楽を本格的に始めるきっかけでした。ですから最初はピアノをずっと弾いていました。ただ、私は音楽に限らずあらゆる分野に興味があって、実はヤギェロン大学〔注:ポーランドのクラクフにある国立総合大学〕に通って法学を修めてもいます。当時、私は一般の大学と、音楽アカデミーの両方に通っていたのです。その頃は音楽においても、ピアノのほか様々な方面に興味を持っていましたが、例えば指揮者になりたいと思ったところで将来自分の振れるオーケストラが無ければ仕事にはなりません。自分が将来何になるのかについてはまだ定まっていませんでした。でも指揮者になりたいとはっきり思うようになったのは19歳の頃でした。

長いキャリアを持つマエストロですが、音楽家としてのキャリアの中で大切な転機はいつ、どのようなことだったのでしょうか?
―1967年、ポーランド国内で行われた指揮者コンクールで優勝したことです。そしてその審査員でもあった指揮者ロヴィツキさんのアシスタントになりました。そのおかげで、私は彼の下で様々なオーケストラ、とりわけ、今私が率いているオーケストラを指揮することができるようになったのです。

次の来日ではチャイコフスキーがプログラムの一つに提案されていますが、この曲をお選びになったのはなぜでしょうか?協奏曲としてショパンが想定されていますが、この曲との相性についても何かお考えがあるのでしょうか?
―スラヴの音楽だからでしょう。チャイコフスキーもショパンも、スラヴ人音楽家ですから、近い関係にあると思います。そして時代も近い。もちろん他の作曲家でダメということではありませんが、例えばショパンの後にシェーンベルクを演奏するなんて考えられないでしょう(笑)?

マエストロは来日経験も多く、海外のオーケストラだけではなく日本のオーケストラとの共演も多いと聞いておりますが、どのような印象をお持ちでしょうか?何か思い出に残る日本でのエピソードはありますか?
―とにかく私は日本や日本のオーケストラが好きです。日本のオーケストラはとても真面目だと思います。例えばリハーサルで「ここはこうしましょう」と指示したことを集中してしっかり聞き、すぐに反映してくれる。一人ひとりのプレイヤーが、その指示をきちんと自分のこと、として受け取ってくれるのです。何となく、ではなくオーケストラが一体となって指示を実現してくれることで、結果として音楽的により大きな効果が生まれる。そのことがより大きな満足感をもたらしてくれます。
また、私が1975年にモニューシュコの歌劇『ハルカ』を上演するために来日したときには日本のアマチュア合唱団に出演してもらい、彼らと長い時間を過ごしたのですが、彼らが私たちに示してくれた好意やもてなしようは本当に忘れがたい思い出です。千秋楽後、なんと私を胴上げしたりしてくれたのですよ(笑)。

今回ともに来日なさった若いピアニストたちは、マエストロに支えられた、マエストロと共演できたことが最大の幸福の一つ、と語っていますが、マエストロご自身は彼らのような若いアーティストたちへの共感、これからについてどのように感じていらっしゃいますか?
―ワルシャワ・フィルとの共演が彼らにとって特別な経験だというのは確かでしょう。というのも、他のオーケストラがショパンの協奏曲を演奏しているのを私も聴いたことがありますけれども、どこかしら、その音楽をよく理解しきっていない演奏なのです。その点、私たちはショパンを知り尽くしている。私たちと共演することはショパンを演奏するにあたってピアニストにとってより快適なことでもあるし、同時に彼らもまたより良くショパンを知ることができるでしょう。そして両者の相互理解が更なる効果をもたらします。
今回の入賞者たちはみんな、本当に素晴らしいピアニストだと思います。プロフェッショナルで、優れた実力を持っていると思います。ただ、今や世界中に本当に素晴らしいピアニストが、様々なアーティストがひしめいています。そんな中で成功を掴むことは容易ではない、というのは確かなことです。これからもしっかり自分を見つめて、是非、大きく飛躍して欲しいと思います。

来日してくださるワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団は、世界の中においてどのような特色を持つオーケストラだと感じていらっしゃいますでしょうか?
―ワルシャワ・フィルは今年で創設110周年を迎えるポーランドで最も長い歴史を持つオーケストラです。ポーランドを、スラヴを代表するオーケストラと言えるでしょう。今もメンバーのほとんどがポーランド人であるわけですが、だからといって特別な特徴というのはありません。というのも今ではグローバル化の波におされて世界中のどのオーケストラをとってもほとんど差が見られなくなってきていると思うからです。例えば日本だって、私が初めて日本に来た頃とはずいぶん変わってしまった。当時はもっと日本らしい街並みだったし、着物を着た女性もたくさん町を歩いていましたね。でも今ではすっかり欧米化してしまった。同じことだと思います。ずっと以前は私たちワルシャワ・フィルも、もっと違ったポーランドらしさを持っていたと思いますが、今ではそれはずいぶん均質化しています。これは良いことでもありますが、やはり少し残念な部分でもありますね。

日本のファンにメッセージをお願いいたします。
―日本で演奏する機会を与えていただけるということは本当に嬉しいことです。前にも言いましたが、私は本当に日本が好きなので。また、私たちはCDなどの録音もたくさん手がけているのですが、日本の聴衆の中にはそういった録音で私のことを知ってくださり、来日を待ち望んでおられる方も多いようです。ある時など、終演後に私の手がけたCDを25枚も持って、サインしてほしい、と頼まれたこともありました。そんな日本の聴衆の皆さんの前でまた演奏できることを楽しみにしています。

インタビュー:平岩 (2011年1月25日)

≪ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団 日本公演≫
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2012年2月21日(火) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
アントニ・ヴィット(指揮) / 中村紘子(ピアノ)
曲目:
モニューシュコ:歌劇「パリア」序曲
ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 Op.11( ピアノ:中村紘子)
ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」

2012年2月22日(水) 19時開演 東京オペラシティコンサートホール
ミハウ・ドヴォジンスキ(指揮) / 千住真理子(ヴァイオリン)
曲目:
モニューシュコ:喜歌劇「新ドン・キホーテすなわち百の愚行」序曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35 (ヴァイオリン:千住真理子)
ドヴォルザーク:交響曲 第9番「新世界より」

公演の詳しい情報はこちらから
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2011年10月21日

ルーステム・サイトクーロフ(ピアノ)のインタビュー[サンクトペテルブルグ・フィル]

間もなく来日するサンクトペテルブルグ・フィルのソリストとして出演するルーステム・サイトクーロフ(ピアノ)の電話インタビューをお届けします。
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質問(以下 Q):お生まれはどちらですか? どんなご家庭でしたか?
―ヴォルガ河畔のカザンという町で生まれました。両親は音楽家ではありません。父は物理、母は経済畑です。でも二人とも音楽が好きで、子供には是非、音楽に触れる機会を、と思ったのでしょう。私が4歳の時、家にピアノが来ました! アップライトのピアノを見て、大きいなあ、と感じたのを覚えています。触って音が出るのがすごくおもしろかった。小さい頃から歌が好きだったので、ピアノもすぐに好きになりました。その後両親が個人レッスンのピアノの先生を見つけてきて…確かカザン音楽院の学生だったと記憶しています。しばらくして5歳になった時に、オリガ・ミハイロヴナという先生に一年教わりましたが、その先生の勧めで6歳になった時に音楽の専門小学校に入学しました。そこで11年学んで、18歳になった時にモスクワ音楽院に入学しました。

Q:ご両親はモスクワに行くことに反対されませんでしたか?
―いいえ。音楽、ピアノに夢中になっていましたから、高等教育を受ける段階で、私がモスクワ音楽院に進学することは、何と言うか、自然の成り行きでした。

Q:モスクワ音楽院で学んだことは?ヴィルサラーゼ先生からはどのようなことを学びましたか?
―ヴィルサラーゼ先生から教わったことは音楽の“間”というか、音楽の流れの感覚ですね。音楽がその時々に持つ苦悩や気持ち、感情を読みとって、再現して、伝えること。先生から、そのような“音楽の時間”を、私たち教え子は学びました。
モスクワ音楽院で5年間学んだ後はさらに2年、今度はミュンヘンでヴィルサラーゼ先生に学びました。自分の希望で、ミュンヘンに移りました。音楽院の最後の方になって、やっと先生の教えがわかり始め、まだ先生に学ぶ必要がある、と自分で強く感じたのです。まだヴィルサラーゼ先生から得なければならないものがある、と。モスクワ音楽院の最終学年の時に、新たなステップに踏み込めたように思えたのです。それで、延長として、さらにミュンヘンでヴィルサラーゼに師事することにしたのです。

Q:感銘を受けた音楽家はいますか?
―うーん、そうですね。その時々によって変わってきましたから…。若い頃には(ちなみに今は40歳です)、ピアニストではミケランジェリに惹かれていました。指揮者では、エドウィン・フィッシャーとかオランダ人のメンゲルベルグが好きですね。メンゲルベルグのCDでベートーベンの交響曲集を聞いたとき、その独自の解釈に衝撃を受けました。

Q:マエストロ、ユーリ・テミルカーノフとの出会いを教えてください。
―私のマネージャーの勧めで、2009年の9月、ミラノの演奏会を聞きに行きました。すごい演奏会でしたよ!演目ですか?プロコフィエフの交響曲第1番、ピアノ協奏曲第2番、後半は「ロミオとジュリエット」組曲でした。大きな感銘を受けました。オーケストラはサンクト・フィルです。
その後共演する話になり、2010年3月にオーケストラのイタリア・ツアーで、私がソリストとなり、ラフマニノフの協奏曲2番… 今秋日本で演奏するコンチェルトですね… を弾きました。

Q:マエストロ・テミルカーノフとの共演をソリストの視点から見た印象はいかがでしょうか?
―非常に弾きやすいです。100パーセント頼れる。不意をつくサプライズなどがないので、落ち着いて、安心して演奏に集中できます。オーケストラは、とても“豪華”ですよね。弦セクションの重厚さ、その壁の向こうから響く管楽器… 何をとってもすばらしいです。
特にラフマニノフの音楽に大切な厚みとフレーズの息の長さを、非常に生かす演奏をします。弦楽器は、限りなく大きな弓を使って引いているような息の続く長いフレージング、無限の弓、とでも言いましょうか。

Q:ラフマニノフの協奏曲の話がでましたから、2番についてお聞かせください。あなたが感じるこの作品の魅力はなんですか?
―ラフマニノフの作品特有の、鐘の響きで始まります。おもしろいのは、協奏曲の場合、最初の主題はソロのピアノが奏でるのに対して、ラフマニノフの2番では、まずオーケストラが主題を歌います。ピアノは伴奏のような役割をします。その点では、室内楽のような特徴がありますね。第2楽章でも主題がオーケストラに現れます。ラフマニノフによって、オーケストラが非常に豊かに使われています。ピアノが前線に立つより、準主役のような役目を果たすと言っても過言ではないでしょう。素晴らしいオーケストラと、巧みな指揮者の真価が発揮される難しい作品です。

Q:日本は初めてですか?
―いえ、10年前に一度日本へ行きました。その時は、横浜で開かれたピアノ・フェスティバルに参加しました。今回は二度目の日本です。とても楽しみにしています!

Q:これまで訪れた国で印象的なのは?
―むずかしい質問ですが… スイスは好きですね。自然の力、豊かさにいつも圧倒されます。気持ちがとても落ち着きます。
住んでいるのは、パリ。もう15年になります。ロシアに行くこともあります。モスクワでも演奏会を開きました。

Q:日本の聴衆へのメッセージをお願いします。
―日本は大好きです。聴衆の皆さんは、非常に音楽を理解し、愛し、じっくりと音楽に浸って耳を傾けていました。初来日の時に、それがとても印象的でした。今回10年ぶりにまた日本へ行けることを、本当に楽しみにしています。音楽を通じた友情を、是非また日本の皆さんと分かち合いたいと思います。


ありがとうございました!


≪テミルカーノフ指揮 サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団≫
St_flyer.jpg2011年11月1日(火) 19時開演 サントリーホール 
曲目:
ロッシーニ:歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲 
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 Op.64 (ヴァイオリン:庄司紗矢香)
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

2011年11月6日(日) 14時開演 横浜みなとみらいホール 
曲目:
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 Op.18 (ピアノ:ルーステム・サイトクーロフ)
チャイコフスキー:交響曲第5番 Op.64 

詳しい公演情報はこちらから

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2011年09月26日

河村尚子、ベルリン放送交響楽団とリハーサルを行う

まずは河村尚子のメッセージをご覧ください。

日本の皆さまへ!

ベルリンよりこんにちは。
こちらはとってもよい天気です。
今日、ベルリンラジオ放送局で、マエストロ・ヤノフスキとの打合せの後、70分程のリハーサルを行いました。
始めは少し緊張していたのかピアノの弦まで切ってしまいましたが、終始とても良い練習雰囲気で、時間が経つにつれて私もオーケストラも、お互いぐっとなじんでいったと思います。
驚くべきことに、知り合いが数人オケの中にいて、ツアーも楽しくなりそうです。

早いもので、もうすぐ日本。
本番が待ち遠しいです。
まもなくお会いできることを楽しみにしいます!

河村尚子




 10月の来日公演を控えたベルリン放送交響楽団が、今回ソリストを務める河村尚子を迎えてベルリンでリハーサルを行った。その模様をお届けします。

 9月22日、午後からのリハーサルが始まる少し前、会場のHaus der Rundfunkに行ってみると、全体練習の前に指揮者とソリストが合わせの確認をしていた。河村のピアノにじっくり耳を傾け、アドバイスを送るマレク・ヤノフスキ。真剣なまなざしだが、その表情はどこか温かい。
 「ヤノフスキさんにお会いするのは1年半ぶりだったのですが、会話での私の呼び方が敬称のSieだったり親称のDuだったり…。お客さんというよりも、一緒に音楽をする仲間として受け入れてくれたような気がしました。これはオケの方々も同じです」と河村はリハーサル後に語ってくれた。
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 やがて、全体練習が始まった。壮麗極まりないベートーヴェンの「皇帝」のあの序奏。コンチェルトの伴奏ながら、オーケストラはコントラバス8本、第1ヴァイオリン16人の大編成だ。前列で聴くと、フル編成の弦楽器の強烈な音圧が体にビリビリと伝わってくる。だが、この音の激流を前にしても、河村のピアノはフォルテから再弱音まで実によく通る。きらきらした高音のアルペジオも美しい。それは後半、ホールの後ろの方で聴いた時も同様だった。
 特に素晴らしいと感じたのは、第1楽章の中間部以降の多彩な展開。正直、筆者はこの長大な楽章を聴いているとき、身を持て余すことが少なからずあったのだが、河村のピアノで聴いて、この名曲の尽きぬ魅力を再発見した気持ちだった。木管との親密なやり取り、時々聴こえてくる深遠な音色…。河村はオケの音にもしっかり耳を傾け、対話し、共に作り上げていく。それは、若い奏者にたまに見られる、技巧を誇示するかのような演奏とは一線を画するものだ。この作品について河村はこんなことを語った。
 「『皇帝』は勉強し始めてまだ2年半なのですが、その間、ヨーロッパや日本で何度も演奏させていただく機会がありました。時間を置いて演奏を重ねることで、私の解釈も変わってきたように思います。ベートーヴェンがどのようにしてオーケストラとピアノをつなげようとしているか、今はよくわかります。例えば、あるメロディーをオーケストラが演奏して、同じテーマに少し変調を加えてピアノが続く。そのような『会話』は、弾いていてとても楽しいですね。『皇帝』に限らず、ベートーヴェンの音楽は一見同じメロディーばかりを使っているように見えて、どれも全然違うように聴こえませんか?そこが素晴らしいところだと思います」
 河村が「この音楽を前にすると、ベートーヴェンという人はどれだけ深い愛を持っていたのだろうかと感じる」と言う第2楽章の甘美さ。フィナーレではオーケストラの豪快な響きとソリストの高い技術が重なり合って、本番での高い燃焼を予感させた。
 河村にとって、ベートーヴェンという作曲家はどういう存在なのだろう?
 「子供の頃からベートーヴェンはよく弾いていたのですが、当時はどこか義務的なところがありました。彼のことが本当に好きなのだと思うようになったのは、シンフォニーを聴くようになってからです。実験を重ねて、次々と新しい世界を作り上げたその勇気とアイデア、探究心に深い感銘を受けるようになりました。あと私がベートーヴェンの音楽に感じるのは、彼は人生の中で苦しい思いもたくさん味わったけれども、どこかでオプティミストだったのではないかということ。心の中に光を持っていたからこそ、あのような音楽を書けたのだと思います」
 リハーサルはスムーズに進み、予定より少し早めに終わると、オーケストラの団員から河村に対して盛大な拍手が送られた。名匠ヤノフスキ指揮のベルリン放送響と河村尚子が奏でる『皇帝』は、ドイツの伝統の響きと河村のフレッシュな魅力が合わさった大きな聴きものになるだろう。


インタビュー・構成:中村真人(ベルリン在住)

 

berlin_flyer.jpgマレク・ヤノフスキ指揮 ベルリン放送交響楽団

2011年10月10日(月・祝) 14時開演 横浜みなとみらいホール
 「エグモント」」序曲 作品84
 ピアノ協奏曲第5番「皇帝」変ホ長調 作品73(ピアノ:河村尚子)
 交響曲第3番「英雄」変ホ長調 作品55


2011年10月14日(金) 19時開演 東京オペラシティコンサートホール
ブラームス:交響曲第3番 / 第4番

詳しい公演の情報はこちらから

posted by Japan Arts at 15:11| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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