文:小田島久恵(音楽ライター)

グザヴィエ・ドゥ・メストレがラルテ・デル・モンドと共演した最新作『ヴェネツィアの夜』には、まぶしいほど明るい色彩と、空気に遊ぶ幸福な音の粒子があふれている。凛として硬質なハープの音と、ピリオド楽器を使用したアンサンブルの調和が、美しい絵画のようなヴィジョンをもたらし、聴き手を瞬時に「ここではないどこか」へ運んでいく。旅をする音楽だ。18世紀ヴェネツィアの画家、ティエポロのフレスコ画を思い出した。神々や天使、天を駆ける駿馬、壮麗に着飾った貴族たちが、パステルカラーの壁画や天井画の中で生き生きと躍動している。息を吹き返すことを待ち望んでいたインスピレーションが、閉じ込められた空間から飛び出して、一気に広い場所に躍り出た感じ。音楽からはそんな幸福な解放感があふれ出している。
メストレは、ハープという楽器を「自由にさせたい」と思っている人なのだろう。この楽器にまつわる定番のイメージを飛び越えて、もっと自然で生き生きとした役割を与えようと冒険する。彼が採り挙げる「ヴェネツィア生まれ」の曲たち――ヴィヴァルディの協奏曲は、もともとヴァイオリンやリュートのために書かれたものだし、有名な「四季」は言うまでもなくヴァイオリン協奏曲の名曲だ。アルビノーニのト短調のアダージオは、20世紀にレノ・シャゾットの編曲した弦楽合奏とオルガンのための曲が有名だし、マルチェッロの曲に至ってはオーボエのためのコンチェルト。それを、最初からハープのために書かれた曲であるかのように、大胆に再構成してみせた。バッハが「クラヴィーアのために」書いた曲は、チェンバロでもフォルテピアノでもモダンピアノでも演奏することが許されているが、同族の鍵盤楽器同志のシフトとは少し違う。もっと自由で無制限なのだ。構造の異なる弦楽器や管楽器の曲から、みごとにエッセンスを抜き取った。曲の内部に入り込み、通底しているスピリットを引き寄せて、ハープに落とし込むという、画期的な試みをしている。
ハープとアンサンブルの関係は、最初から楽譜に書かれていたかのように自然だ。コンセプチュアルというよりとても有機的で、優しい愛情に溢れている。メストレのソロも秀逸。優雅なだけではなく、ダンサブルなリズムを内包していて「踊る音楽」としてのバロック音楽の野性味を、ところどころで浮き彫りにしているのだ。既にこの組み合わせで世界ツアーが行われ、各地から熱狂的な反響が届いている。「幻惑されるような」「魔法のような」というのが、聴いた人々が共通して抱く印象のようだ。色と香りが溢れ出す典雅なヴェネツィアの「音の絵」は、聴衆を一人残らず魅了し、音楽が導く旅の世界に誘ってくれるはずだ。
メストレ、2012年来日記念盤『ヴェネツィアの夜』が発売中!
「ハープの貴公子」メストレの新録音は、オーストリアのピリオド楽器によるオーケストラ、ラルテ・デル・モンドと共演のアルバムです。ヴィヴァルディとマルチェッロのバロックの巨匠たちのヴァイオリンやリュートやオーボエのための名曲をハープ用にアレンジして、聴き手を17世紀のヴェネツィアに誘います。マルチェッロのオーボエ協奏曲のアダージョ「ベニスの愛」や「アルビノーニのアダージョ」など、有名曲を多数収録。
¥1,467(税込)
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Sony Music Shop日本来日公演!
≪メストレ&ラルテ・デル・モンド≫2012年6月1日(金) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
<曲目>
ヴィヴァルディ:歌劇《オリュンピアス》より序曲 RV.725 ★
ヴィヴァルディ:ハープ協奏曲ト長調 RV.299 (原曲 ヴァイオリン協奏曲集 Op.7より 第2集-8)★アルヴァース:マンドリン
マルチェッロ:ハープ協奏曲 ニ短調 (原曲 オーボエ協奏曲) ★
ドゥランテ:弦楽のための8つの協奏的四重奏曲 ヘ短調
ヴィヴァルディ:ハープ協奏曲 二長調 R.V.93 (原曲 リュート協奏曲) ★
ヴィヴァルディ:「四季」より“冬” ヘ短調 ★
★ハープ独奏 グザヴィエ・ドゥ・メストレ
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posted by Japan Arts at 16:12|
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